第18回 岩手県へ

5月26日夕方、今度は岩手県に向けて出発です。今回はわが社Jパックスの社員が同行してくれますが、それでも大阪からは約1,100km15時間以上かかるので大変です。


相変わらず、名神、北陸、磐越、東北道経由で走りますが、深夜に走る北陸道は我慢の一言。とにかく長い。眠気に襲われながら、それでも交代がいる事が大変ありがたく感じました。



まるで絨毯爆撃の跡


5月27日朝9時、釜石市内に入りました。


やはり津波の傷痕は激しく、鉄鋼の町も沿岸部はズタズタに破壊されていました。
段ボールベッドの軌跡
ぺしゃんこに倒壊している巨大な倉庫


特に釜石市沿岸の道路から見えた光景は度肝を抜かれました。

なんと、コンクリートの堤防が根こそぎ倒されているのです。


水の圧力というものは、そりゃ恐ろしいものです。平米あたり約50トンの圧力だったそうです。


段ボールベッドの軌跡
根こそぎ倒壊してぽっかり空いた堤防


段ボールベッドの軌跡

津波到来で出火した大槌町

段ボールベッドの軌跡
赤茶色に焼け落ちた建物


大槌町に入った私たちは、更に大きな被害に驚きました。

リアス式海岸にあるのどかな町のはずが、津波により原形を留めないほど破壊され、しかも出火で街全体が赤茶けた瓦礫と化していました。

大槌町役場では、人口15,000人のところ、死者約800名、行方不明者約1000人、4月初めの避難者約9,000人、と信じられない被害を受けていて、町長始め町の幹部殆どが亡くなり、町の機能を果たしていませんでした。

私達は安渡小学校で、榛沢医師や岩手県立医大医学部の柏谷医師からなる検診チームと合流。ベッドを各避難所に配りました。

段ボールベッドの軌跡 段ボールベッドの軌跡
木造建築物は何ひとつ残っていない   町が消えている
段ボールベッドの軌跡段ボールベッドの軌跡

自衛隊の活躍は目を見張るものがあった 鉄筋ですらずたずた


途中、自衛隊の支援物資倉庫に一部を降ろし、その近くの寺野避難所へ。

この避難所はもともと弓道場で、建物は立派なのですが、屋内はなんと土。土の上にブルーシートが敷いてあるだけでした。

震災から5月も末になって、昼間は汗ばむ位の気温になってきましたが、直後の3月は本当に底冷えしたのではないでしょうか?

もっと早く段ボール製簡易ベッドを導入出来れば、寒さをしのぐ事ができたのにと、思いました。

段ボールベッドの軌跡
岩手医科大学の柏谷先生


段ボールベッドの軌跡
元は弓道場の避難所
段ボールベッドの軌跡
昼間も椅子代わりに 

段ボールベッドの軌跡

高齢者には雑魚寝の生活は辛い



また大ヶ口公民館では高齢者が特に多く、畳の部屋でもベッドが良いという事で使っていただく事になりました。

もっと早く欲しかった、との声も頂きました。

段ボールベッドの軌跡

管理者の佐々木さんのお陰で人数分を使ってもらう事に

大槌町を後にして、釜石市の災害対策本部であり物資倉庫も兼ねているシープラザ釜石でベッドを備蓄、その後陸前高田市に向かいました。

段ボールベッドの軌跡

シープラザ釜石

陸前高田市も甚大な被害のあったところです。

人口23,000人のところ、4月の時点で死者1,200人、行方不明者1,200人、避難者17,000人と、実に7割以上の人が被災をしました。

向かった先は、有名な市立高田第一中学校。

高田第一中学校では、一般の避難スペースと、高齢者を中心に要介護の方の専用の避難スペースがあって、そこにベッドを設置することになりました。

僅かですが、本物のベッドもあって、介護度の高い方が使っていました。

そこに段ボール製簡易ベッドを据え付けです。

段ボールベッドの軌跡
介護用ベッドの隣に段ボール製簡易ベッド


段ボールベッドの軌跡

ご夫婦でどうぞ

ベッドを使うと大変楽になると、大変喜んでいただきました。

災害弱者をどう避難させるのか?




皆さんは災害が起きてしまったら、命からがらとにかく逃げますよね。当たり前です。

しかし、逃げるに逃げれない方がいらっしゃる事をご存知ですか?

そう、災害弱者とか災害時要援護者と言われる方です。

高齢者や障害者などですが、彼らは逃げるすべを持たないのです。

今回の震災でも、最初から逃げなかった高齢者が少なからずいたと言います。

若い人に、”自分はいいから先に逃げて”といって津波にのまれたのです。

それは高齢者は、避難は出来ても困難な避難所生活は出来ない、と考えているそうで、だから避難をしたがらないそうです。

その理由の一つがベッドがなく雑魚寝を強いられる

そしてもうひとつが、トイレの問題です。特に洋式トイレが必要です。

被災地では、工事現場にあるような簡易トイレが沢山ありましたが、一段高い上にしゃがみ込む必要がある和式では高齢者は用がたせないのです。

ですから、この二つの問題を解決しなければ、自活している高齢者ですら、避難をしたがらないそうです。

それと、寝たきりの高齢者や自立困難な障害者です。

明らかに、周辺の方の援助がないと避難できません。福祉避難所と言って、日ごろから地域と連絡を取り避難訓練などを共同でしている地域もあるようですが、まだまだ問題は解決していません。

更に、避難できたとしても、多くのマンパワーが必要です。

そんな時に、床で介護していたらどうでしょう。とてもじゃないですが大変です。

ですから、簡易ベッドを備える事が大変重要になってくると思います。

いずれにしましても、これほどの大きな災害が起きてしまいました。

そしてそこには沢山の課題も出てきました。防災減災の仕組みに関しては今回の教訓を活かし、前例にとらわれるのではなく躊躇せず改善していってほしい。


明日は我が身です

多くの犠牲を無駄にすることなく、次の災害までに出来うる備えや改善を実行する事が大事だと思います。

続く